街の片隅で:遊び場だった道ばたの小物たち

実はスユニ61の床下器具を付けようとしたところ、大ポカに気づきまして、修正に手間取っています。
もうすぐ終了しますので、形が出来たらお見せすることとして、今回は手持ちの写真から。

若い人にはピンと来ないかも知れませんが、40才台以上の方なら子供の頃の記憶の片隅に残っているはずです。
昔は街中(と言っても行動範囲は限られていますが)全部が自分の庭みたいな感覚で遊び回っていました。
建物そのものより、道ばたの変なものをよく覚えています。
子供の視線が低かったためかも知れません。



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まずは言わずと知れた丸ポストから。
これは保存されてているものも多いので最近でもよく見かけます。
あの頑丈さ、滑りやすい手触り、見上げるような威圧感。
よじ登ろうとしても滑ってダメでした。
(2002.1.13 紀勢本線一身田駅前)



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私の住んでいた街の床屋もこんな扉だったような気がします。
床屋の外装はどこでもモダンな感じになっていたことが多いと思います。
小学1年ぐらいからは一人で歩いて床屋に行っていました。
ドアの前に置いてあるドラムカンは本来裏手に置いておくものですね。
(2002.7.14 三重県津市)




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防火用水。
すのこ状の蓋がしてあります。
人や物が落ちないようにという配慮だと思いますが、本来ふたはあるものでしょうか。
雨水を溜めるのだと思いますが、蓋があっては不都合なのでは?
よく中をのぞき込んだ記憶があるのできっちりとした蓋はなかったのかも知れません。
(2002.1.13 三重県津市)




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路地。
家のまわりの路地については大人たちよりもよく知っていて、ここを抜ければどこに出る、と完全に把握していました。
路地を抜けていきなり広い空き地に出て驚いたりもしました。
通学路も、これに似た路地を通っていきました。
そこにはある家の裏口があって、よくおばさんが洗濯していたり、ナベの水を捨てたりしていました。
昔は生活排水はたいていその辺にまき散らしていたので、路地の両側の溝には米粒や野菜くずがよく流れていました。
こんな路地の壁に立小便する人もいましたね。
(2003.1.13 三重県名張市)



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おそらく便所のくみ取り口だと思います。
ここは私の通学路でした。
便所はたいてい家の裏手にあって、くみ取りのバキュームカーは表通りにしか来れない。
そのため、くみ取り口を家の脇の路地などに設けてあることが多かったです。
そうしないと、家の玄関から家の中をホースを通して行わねばなりません。
私の住んでいた街では(他もそうかも知れませんが)道に面して建物が隙間なく並んでいたので、路地に面していない家では表口から裏口まで、土間が通路のように通っていました。
米や炭、プロパンガスの配達など、裏手に用のある人は玄関から土足のまま裏手まで通り抜けられます。
くみ取りのホースもその土間を通すのでした。
(2003.1.3 三重県名張市)



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住宅の裏手。
表通りには家が建ち並び、各家の玄関口になっています。
商店も多いです。
裏手に回ると、たいていこんな縁側があって、小さな庭に面していました。
こんな縁側にはよくおじいさんが座っていて、新聞を読んだり爪を切ったりしていました。
おばあさんを見た記憶があまり無いのは、女性は家の中で働いていたからかも知れません。
こういうところは個人の家の中なのでなかなか見る機会がありません。
これはもう住む人がいなくなって、隣の建物も壊されたため、偶然目に触れるようになった場所です。
(2005.8.21 三重県津市)



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